伝統を絶やさず、進化を恐れず
熱意を焼き入れる鍛造包丁職人
兵庫県の中南部、三木市。この地では1500年前から鍛治が行われていたといわれ、古くから大工道具や農業用具などの金物産業で栄えてきました。鍛治職人の家に生まれ、4代目を継ぐ田中さんが手掛けるのは、鉄を叩くところから手作業の「鍛造包丁」。昔ながらの鍛造工法と、独創的なデザインを融合した高品質の刃物造りが、田園地帯の中の作業場で行われています。
格子窓が広がる昔ながらの作業場。窓辺では「研ぎ」など手元での作業を、暗い場所では火の色がわかる火を使った作業が行われる
歴史を感じる作業場ですね
70年くらい前から使っていると聞いています。僕らが子どもの頃は、村のあちこちからカンカンカン!って鉄を叩く音がしたり、火花が見えたりしたんですよ。最盛期にはこの村だけでも60軒近い鍛冶屋があって、この村でできた草刈り鎌が全国に出荷されていました。うちも曽祖父から代々鎌づくりを続けていましたが、海外から安い鎌が輸入されるようになって、父の代から包丁づくりを始めたんです。
三木市でも包丁職人は数少ないと聞きました
鍛造から包丁づくりをしているのはうちだけです。越前刃物で知られる福井県から三木に修業に来ていた方と父が知り合いになって、「包丁づくりを教えてくれる人を紹介して欲しい」と相談したところ、のちに僕の師匠になる清水正治さん(伝統工芸士、マグロ切り包丁を手打ち鍛造する唯一の職人)が手を上げてくれ、僕が修業に行きました。当時は「なんで俺がせなあかんねん」という気持ちもありましたけど、師匠によくしてもらえたおかげで、今でも福井の職人と交流があり、材料も福井から仕入れています。
母材の鉄を最大1,200度の炉に入れ、熱を入れる
鍛造の包丁は、普通の包丁とどう違う?
国内で流通しているほとんどの包丁が、鉄板やステンレスから型抜きしたもの。鍛造していない鉄は組織が不揃いで、その隙間に不純物が詰まっていて、切れ味があまりよくない。一方で鍛造は「鉄を鍛える」と書くように、鉄を叩いて金属の分子を均一化し、適正な熱処理をかけて強くしなやかにしていく作業。そうやって作った包丁だから切れ味がいいし、切った断面も美しい。鍛造の包丁は本当に珍しくなりましたが、切れ味を試したら思わず声が出ると思いますよ。
鍛接剤を塗した鋼を熱した鉄に乗せて槌で伸ばしていく
オリジナルブランド『誠貴作』の特長は?
使いやすい、切れやすいのは当然として「あの包丁なに!?」と足を止めてもらえるような包丁をめざしました。だから、あえて他の職人が作らないようなデザインなんです。見た目が面白くて、切れ味もいい鍛造包丁というのがうちのこだわり。料理人だけでなく、海外の刃物マニアの方は「日本の田舎で、イチから手作りしている」というストーリーにも興味を持たれているようです。
「地球上でいちばんいい包丁」といわれることもあるとか
刃物マニアの人たちが発信しているサイトで、包丁やナイフの材料として一番適している「粉末鋼」を原料にして「鍛造している」という点で評価されたようで。ありがたいことに「JAPANの、TANAKAの包丁が欲しい」と言われるようになってきました。今でも、新技術や新素材が出てきたら、とりあえず試しています。
しっかり接合したら、さらにベルトハンマーで一気に形にしていく
そもそも、小さい頃から鍛治職人になると決めていた?
いえいえ、修業に出た時も「いつでもやめたる!」と思っていたくらいです。それが、19歳くらいの時かな。僕に教えてくれていたおっちゃんが、ある時工場で鉄を打っていた。その後ろ姿がかっこいいと思った一瞬があったんですよ。後光がさしているというか、汗流しながら脇目も振らずに叩いている姿がカッコよく見えた。「この仕事を続けて一人前になったら、僕もあんなかっこいい男になれるんだろうか、だったらこの道を極めるしかない」と思ったんです。シブいオヤジにならなあかんな、と(笑)
作業場の見学も積極的に受け入れていますね
赤くなった鉄を叩いている現場を間近で見る経験は、一生でもそんなにないと思います。鍛造は、僕が親方から教わった技術。その親方にも師匠がいて、その師匠にもまた師匠がいる。そうやって日本で千年以上残ってきた技術を今、あなたは目の前で見ているんですよ、と伝えています。僕もその歴史の通過点の一つに過ぎませんが、この歴史が途絶えたら、二度と鍛造の包丁は作られない。AIを使えば理屈は分かるけど、技術は失敗しながら自分で身につけていくもの。そこを若い人に伝えていかないといけないと思っています。
ユニークなデザインからシンプルなものまで、バラエティに富んだ田中さん作の鍛造包丁はさまざまな刃物専門店のwebサイトで確認できる
これからの展望を教えてください
アイデアはまだまだいっぱいあるんですよ。仲間とイメージを膨らましながら形にしていっていますが、1丁が完成するまでに何年もかかるので、やりたいことは尽きないですね。新しいことをやり続けることが地元の活性化につながって、いつか若い鍛治職人が出てきて「あのおっさん、まだあんなん作っとるわ」と思われたら僕は引退。そう言われるのをどこかで待っているんです。
■ 取材を終えて
職人こそ積極的に情報を得ないと、いい技術も伝統も淘汰されてしまう。そう語る田中さんが作るどこにもないデザインの包丁は、アニメや音楽などからも着想を得ているといいます。熱い思いと柔らかい発想で突き進む田中さんや仲間たちが奮闘しているように、毎日料理をしている私たちが、いつもの包丁を見直してみることもまた、歴史をつなげる小さなアクションになるかもしれません。
■ プロフィール
1977年、兵庫県三木市出身。越前打刃物の伝統工芸士、清水正治氏のもとでの修業を経て、家業の田中勉鎌製作所(現在の田中一之刃物製作所)に入社。現在、同社代表。稀少となった鍛造による包丁づくりを手がけ、独創的なデザインを施したオリジナルブランド『誠貴作』が国内外の料理人やマニアまで幅広く支持を集めている。
■ 連絡先
兵庫県三木市別所町石野875
TEL:0794-82-5660
https://amenoma.jp/collections/
tanakakazuyuki-hamono
amenoma(販売サイト)