素敵なこの人

山椒農家 森田 孝一 さん

知識ゼロから始めた山椒栽培が
地域の新ブランドに

調味料や漢方薬の原料としてはもちろん、最近はスイーツでも国内外で需要が高まっている「山椒」。一方で生産者不足によって生産量も減少しています。そんな中、販路を広げているのが、兵庫県太子町の新特産品の「西はりま山椒ーあすか露ー」。大粒で、まろやかな風味と柑橘系の爽やかな香りの山椒がたわわに実る、山椒畑を訪ねました。

山椒農家 森田 孝一 さん

「西はりま山椒ーあすか露ー」兵庫県認証食品「ひょうご推奨ブランド」として認定されている

住宅地の中に山椒畑が広がっていますね

休耕田を無償で借りて養父市発祥の「朝倉山椒」を栽培しています。山椒は水に弱いし、根が浅いから乾燥にも弱いため、山間の傾斜地で栽培されるのがほとんど。ここのように平地で、しかも大規模に作る例は、おそらく兵庫県下でも珍しいと思います。

もともと休耕田を活かすために農業を始められたとか

この辺りは、私が子どもの頃から遊びのフィールドでした。初夏には田植え、秋になれば見事な稲穂の美しい風景が広がっていましたが、15年くらい前から休耕田が増え、町の休耕田活用事業も追いつかないのが現状です。ここで育った者としてそれは寂しいものがあります。加えて、この辺りには高齢者が集まる場所が少ない。収穫を手伝ってもらったら、いろんな人と顔を合わせられるし、お小遣いもできる。そういう機会もできたら、と思いました。





高さ約2mの山椒の木に、あざやかなグリーンの山椒の実がたわわに実る。研究会では、除草剤や化学肥料はほぼ使わず、鶏糞と牛糞のみで栽培。森田さんの畑には、これから山椒づくりを始めたい自治体など、連日各地から見学に訪れている


近隣の方や老人会など、この日は30人くらいが収穫作業をサポート。和気藹々とした雰囲気のなかで収穫されていた

なぜ山椒だったのですか

太子町農業委員会の委員をしていた頃、休耕田の活用方法として「山椒でも植えたらどうか」という話になったのが始まりです。それから農業委員会の皆で研修を行ったりして、山椒の苗木を注文する段階になった。ところが、委員会全体で注文されたのは215本。そのうち僕が注文したのが200本とほとんど全て…驚きましたよ。他の方は「実がなるのと、自分らが死ぬのと、どっちが先か分かるかい!」と、はじめは消極的だったんです。

栽培は最初からうまくいきましたか?

山椒には雄木(おすぎ)と雌木(めすぎ)があって、雄木の花粉がないと基本的には実がなりません。専門家に聞くと「この近くの山には自生する山椒があるから、ここには雌木だけ植えれば自然に花粉が飛んできて受粉するから大丈夫だ」と。だから雌木だけを200本植えたんです。3年目でわずかに実がなったので、だんだんと他の木も受粉していくだろうと思っていたんですが、そこからいつまで経っても受粉しない。本当に実らない!(笑)だからずっと赤字でした。その後なんとか収穫できるように仲間と様々な実験をしてきたので会の名称を「太子サンショウ研究会」としたんです。

「ぼくらは、ド素人が実験的に平地の水田で山椒栽培を始めたから「研究会」と名乗っています。今も、自分らで苗木を作るところから始めたり、僕らにとっては全部が実験。だから「まだ僕らは “研究会”やなぁ」って言ってるんです」

難しいものですね
赤字から脱出できたのは?

雌木に雄木を接木して花粉を出させることを教わってから、実の成り方が様変わりし、きちんと収穫できるようになったのが一昨年。収益は20万円でした。それまで毎年250~300kgの収穫でしたが、一昨年は1.3t、去年は1.7t収穫ができました。やっとここまできた、というのが正直なところです。

途中で辞めようと考えたことは
なかったですか?

 これが経営だとストレスも溜まりますが、ありがたいことに、年金でなんとか食べていけますので。研究会のメンバーも山椒栽培を楽しんでおられる方が多いです。木の様子を見て「これなんでやろ?」「どないしたらええんやろ」と、そう言い合う時間が楽しいんです。大変ですけど作るのが好きですから、苦にならないですね。

収穫日には、若い世代の姿もあり、山椒づくりが地域に受け入れられている様子が感じられた。

収穫したものはどこに?

収穫した山椒の多くは京阪神の加工業者に出荷しています。一部は波賀町の加工場で、冷凍加工しています。町内向けには役場から町内のレストランなどに働きかけてもらい、レシピの公開を条件に3年間無償で提供しています。うちの山椒は、木が若いから実も房も大きいと好評で、東京のレストランや百貨店にも卸しています。また、今年は初めてフランスの香辛料メーカーにも乾燥山椒を出荷します。

山椒づくりのこれからは?

「西はりま山椒ーあすか露ー」として太子町の特産品になり、今はトータル約3haの土地で約2500本が栽培されるまでになりました。今は「研究会」ですが、ゆくゆくは「生産組合」に変える予定です。朝倉山椒と収穫の時期がずれるので、一昨年からは、乾燥山椒の原料になる「ぶどう山椒」の栽培も始めました。

収穫は5月中旬から始まり、6月中頃まではお酒のジンに使われる山椒エキス用の出荷、その後7月中旬にかけて乾燥用の山椒の収穫まで続く

今後の目標は?

休耕田が一枚でも減れば…と思って山椒づくりを始めましたが、農業が持ついろいろな課題も見えてきました。太子町にはブルーベリーやネギなどを栽培する新規就農者も増えていますから、横のつながりの強化や収穫物の廃棄ロス削減のため、共同で使える一次加工場の新設を、町に働きかけることができたらいいなぁと思っています。

■ 取材を終えて

山椒畑の中で、鳥のさえずりやカエルの合唱を聴きながらのインタビュー。一から始めた山椒づくりは予想外、想定外の連続でしたが、森田さんはどれも「今では笑い話ですが」と陽気に話してくださいました。森田さんはじめ、研究会メンバーの、今も続く実験は、地域の新しい産業を創出し、高齢者も元気に働ける新しいコミュニティーの場へと広がっています。

■ プロフィール

1948年、兵庫県太子町生まれ。高校教員を退職後、休耕田を活用するため2014年より山椒栽培を開始。2016年、仲間と一緒に「太子サンショウ研究会」を設立、自身で会長を務める。山椒栽培は同町の奨励事業となり、同研究会が栽培した山椒は「西はりま山椒ーあすか露ー」として、兵庫県認証食品「ひょうご推奨ブランド」に認定。

■ 連絡先

森田山椒農園
https://sanshou-morita.com
※見学・購入などの問い合わせはwebサイトやSNSから